いつも漫画を見に来ていただいて改めてありがとうございます。 カウンターをふと見たら、毎日沢山の方が…。
日曜日の夜は「桃色のエンブレム」の1話をアップしつつ、その件の記事を書きますので、 この深夜に先につぐながクン(12)をお送りしたいと思います。一応一日一作品で。
で改めて。お会いした方にも、お会いしたこと無い方にも。
作者が己のコトをグタグタ語るのもみっともないですが、自己紹介がてら漫画との関わりを お話したいと思います。夜半の深酒の上のたわいもない雑談と、お付き合いください。
私が最初に漫画を描いたのは小学1年生のときでした。1980年頃です。 オバQの漫画を描いてまして、その後、がんばれタブチ君の主人公をモチーフにしたキャラを 使って、色々とストーリー漫画をやってました。もちろん小学生の描くものなのでしっちゃか めっちゃかなのですが、ノートに描いては友人に見せて回ってた、クラスにひとりはよくいる タイプの奴です。
中学生あたりで雑誌「ファンロード」の見たいもの&見せましょうコーナーに影響を受けて、やたらと 北斗の拳風のドラえもんとか、ジョジョ風のサザエさんとか、そういうパロディものに走り始め ました。デッサンの基本もクソも出来上がってないのに、ひたすら描き込むという無茶をし続け た結果が今のいい加減な絵に来てますが。
あと自分は徹底的に女性キャラが描けないな、と痛感した時期でもあります。筋肉の方が 美しく、そして気高い、と崇拝してました。その割りに筋肉解剖図とかうまく描けませんが。
でもまあ、そういう劇画パロディものはクラスメイトに好評でした。描きまくりました。 そんな頃、まだ晴海だったコミケに連れて行かれたのです。1989年、C38です。
「お前が好きそうな本がいっぱいあるぞ」と。
確かにいっぱいありました。 エロ漫画が。しかしその頃はオナヌーも知らない純真な少年だったので、カウパー出すだけで… いや、話逸れましたね、ともかくドラクエのエロ漫画とか、そういうのを買ってみたり。 でもまあ思ったのは、
「俺の描いた本はここで売ればいいんじゃん、売れまくりジャン」
ありがちな青春ですね。 早速描いて、友人の高校の漫画研究部サークルに置かせてもらいました。 結果は、一冊も売れませんでしたが…。その次の幕張では自分でサークルを出し、一歩前進 しました。そう、一冊売れたのです。この辺は原点でして「自分の描いたものにお金を出してくれる 人がいる」という事実に感動し、今でもその思いは絶対に消してはならない魂だと確信してます。
高校3年で初めて印刷所でオフセット本を作り、数十部単位で売れるようになり、 会社に入ってもパロディ漫画を続けてましたが、転機はセーラームーンでした。
93年当時、同人誌はムーン一色。このブームで有名になった人も多々あるでしょう(そして消えた人も多数)。 ごくまっとうにセラムンヲタクだったので、文章メインのデータ本を出すことにしました。 それもミニコミに出まくり、文具会館とかトサンボーとか月2冊くらいのペースで。 その頃、個人ではあまり持っている人がいなかった、ペンティアムマシンとA3レーザープリンタ、 そして14万出してDTP用にページメーカーを買うほどの熱の入れようでした。
そういったコピー誌を40冊くらい出した後、ムーンは終わり、再びジョジョなどの劇画パロデイに 戻ります。友人がお勧めのエロゲーをやって(Keyとかリーフとか)、そのパロディ本を出したり、 またおじゃ魔女どれみのこれまた「カイジ」「ジョジョ」パロディ本を出したり。淡々と続けました。
そして人生のターニングポイント。 2001年の終わりごろ兄に強制的に見させられた「モーニング娘。」のうたばんの放送を見て、 「こいつら面白いなあ」と感じたのが全ての始まりです。 その後アサヤンからのほとんどのVTRをチェックし、2ちゃんの掲示板(狼)を見るようになり、 2002年の春、SSAのライブからコンサートに行きまくるようになりました。年間70公演くらい、 関東以外も含めて行ってたので、相当なライブ代&交通費です。 またハワイツアーも二年連続で参加と言う気の狂い方でした。また「爆音娘。」に感化されて、 モーヲタDJイベントの主催を始め、またダンスに凝り始め、振り付け師の夏先生のスクールに 通い始めたりもして、やたらとハイテンションな年月があっというまに過ぎ去り、そして借金が7桁になりましたw。
さすがに燃え尽きるほどヒートしたかな…と思っていた2005年夏、、、 ちょっと色恋沙汰で心ふさがれていたその頃、なんとなくコミケに一般参加で行ってみました。
なんということでしょう!(ビフォーアフター風に)
そこには数年前に私が置き忘れていた暑苦しいもとい熱い魂の持ち主たちが、数十万人もうごめいて…
じゃない、活き活きと活動していたのです。たやすく感化されました。そして同行の友人に、
「よし!来年、俺はハロプロでサークル参加して本を出す!」
と高らかに宣言しました。宣言した以上、誰も気にも留めなくともやらずには枕を高くして眠れない 気性なので、で、冬コミ参加は締め切られてましたが、とにもかくにも正月返上で描き上げた 第一作が「ハピおま!1巻」です。 サンシャインクリエイション、そして最後となったガールズアリーナ3で、復帰。
そこでいろんな人のハロー同人誌を見て「はー、こんな上手く描けねー」とか思ったりもして。 「みんな似てるなあ、可愛いなあ」とかほんと感じます。私はどうも無理で、10何年描いてても 「萌えるような」絵柄ってのが絶対に描けないようです。みつみ美里さん系の絵とか、ばらスィー さんの絵とか無理。ほんと無理。もとも手塚先生や藤子F先生を見て育ってるしなあ。あと基本 的にアル中気味なので、家にいるときは常時酒気帯びです。 それでか「線が閉じない癖」「直線が死ぬ癖」が消えず、いい加減な絵になりがちです。直せよ。
まーでも今は「月に40ページくらい一人で描ける程度の絵の密度で、とりあえずストーリーが 読者に伝わるのならそれでOKでしょう」という程度に吹っ切れてます(伝わってるのかな…)。 すげー絵はプロ・セミプロやイラストレーターさんにお任せして、要は己の妄想が伝達できれば いいので…。
(自問自答)
Q・プロ漫画家ってのは目指さないのですか。 A・実力云々はともかく、借金が多すぎて、そんなギャンブルは無理です。 今の仕事は好きですし、収入や仕事の環境が大変恵まれているので、好きなモノを好きなよう に描ける現時点の状態が良いと思います。仕事中に漫画が描ける職場は滅多に無いw。 しかしプロの仕事(漫画家・アシスタント)をしている人には大変興味あります。 ちなみに投稿したことや、アシ経験は全くありません。
Q・同人活動に必要なものはなんですか。 A・描きたくないものを描かない心、だと思います。
Q・ハロプロ系同人作家さんに一言。 A・私、新参としてこのジャンルに入ってきました。 聞けばずいぶんこのジャンルのサークルも減ってきたとか。それでは、これから自分たちの 本の力でハロー人気を取り戻そう!くらいの気概で、執筆頑張りましょう〜。
Q・推しメンとは? A・脱がしたりいじったりして遊ぶものです。でも大好きです。
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つぐながクン(12)

テーマ:ハロー!プロジェクト - ジャンル:アイドル・芸能
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